養蚕業の工場兼住宅として大活躍
養蚕工場を舞台とした「あゝ野麦峠」という作品をご存知でしょうか。山本茂実氏が1968年に発表したノンフィクション文学で、後に映画にもなりましたので原作か映画かどちらかに触れた方も多いことでしょう。そう、あれは実際にあったことを聞き取り調査したルポルタージュなのです。さて、その舞台となった飛騨地方の養蚕はその作品の中でも触れられていたとおり盛んに行われていました。しかし、今考えている合掌造りのある「白川郷」は「飛山濃水」といわれ深い山囲まれた飛騨地方の中でも特に陸の孤島と呼ばれた辺境地だったのです。今でこそ観光バスがたくさん乗り付け人が大賑わいの町ですが、以前は耕作地すら少なく、分家に与える土地がないことから大家族制をとらざるを得ませんでした。増えていく子孫と共に暮らすために合掌造りのような高層建築もできたのです。さらに水田をつくることが難しく、主に焼畑によって農業ん収入を得ていたこの地方でしたが、生活は安定していませんでした。そんな中、山里で生活の糧を得るための道具となったのが「養蚕」です。養蚕とはカイコを飼ってその繭から生糸を作り、シルクにすることです。そしてその養蚕は合掌造りの文化に大きなウェイトをしめているのです。
養蚕には保温性が求めらます。カイコはカイコガの幼虫です。カイコについてネット辞書のウィキペディアから一部抜粋させていただくと、それは「家蚕」と呼ばれ、野生には生息せず、野生回帰能力を完全に失った唯一の家畜化動物ということです。人間による管理なしでは生育することができず、カイコを野外の桑にとまらせても、ほぼ一昼夜のうちに捕食されるか、地面に落ち、全滅してしまいます。幼虫は腹脚が退化しているため樹木に自力で付着し続けることができず、風が吹いたりすると容易に落下してしまい、繭を作る際も人工的な枠(まぶし)に入れてやらないとうまく繭を作れません。成虫も翅はあるが小さく退化しており、飛ぶことはできないということです。ですから、完全に人間の庇護がいります。そのために合掌造りのような、温度管理のしやすい作業場がその育成に最も適しているのです。
合掌造りは人間の文化の様々な点が関わっているのです。
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ここがスゴイ!合掌造りの見どころ
合掌造りの屋根の急な傾斜が効果を発揮するのです。
原始的と言ってもきちんと機能するシステムなのです。
なかにはたくさんの部屋があり、何層にも重なっています。
合掌造りの周りに水路が引いてあるのをご存知でしょうか。
合掌造り住宅の家の向き方に注意してみてください。
内側から煙でいぶすことによって様々な素材が補強されます。















